自分をもっと知りたい、自分のことを理解したい。それができたら、やりたいことがはっきりと見えて、あらゆることを決断できるはず、、、と意気込んで自分史を書くとき、幼いころの記憶はどうすればスムーズに思い出せるのでしょうか?
この記事では、幼少期、特に小学校入学までの幼児期の自分史を書くときのポイントを、実際に北村自身が書いた自分史の例とともにご紹介します。
1.幼少期の自分史を書く効果
自分史を書くことによって、自己理解が深まり、自分自身を言葉で表現できるようになっていきます。その結果、転職や独立などの選択の場面で、自分の価値観にあった決断ができます。
自分史の中でも、とくに幼少期の振り返りを行うことで次のような効果があります。
- 自分が幼いころに、生まれてきたこの世界をどんなところだと認識したかがわかる。つまり、自分がもっている世界観がわかる。
- 幼いころに、両親、家族、友だち、先生などから受けた影響がわかる。その影響が今の自分にどのように作用しているのかがわかる。
- 義務や責任、損得勘定から離れたところで、何が好きで、何に憧れて、何に熱中していたのかがわかる。つまり、あなたの情熱の源泉がわかる。
2.幼児期の自分史に書く内容
幼児期(幼稚園、保育園のころ)の自分史に書く内容はこのようなものです。
- 幼児期の生活
- 幼児期の友達
- 幼児期に憧れていたもの
- 何をしているのが楽しかったか
- ショックを受けた出来事
- 人格形成に対する影響
- 幼稚園、保育園のころの思い出
3.幼少期の記憶を思いだすコツ
スムーズに自分史を書き進められるように、幼少期の記憶を思いだすときの3つのポイントをご紹介します。
3-1.写真を見返す
子どものころの写真を見返すことによって、思い出がよみがえってきます。誰と何をして遊んでいたか、そのときどんな気持ちでいたか、などが少しずつ再生されていきます。
写真に日付が入っていたり、アルバムにコメントがついている場合、そういったものも記憶を思いだすヒントになります。
また、写真には撮影した人の気持ちが表れています。この写真を撮影した人はどんな気持ちで撮ったのかを想像すると、そこに新しい発見があります。
その体験はあなたが自分を認めようとするとき、きっと役に立つものです。
3-2.両親、祖父母、兄弟姉妹に聞く
両親、祖父母、兄弟姉妹など、子どものころ一緒にいた人に当時のことを聞くことによって、忘れていた思い出がよみがえります。人によって印象に残っていることが違うので新鮮な驚きがあります。
両親から聞くまで忘れていましたが、私が幼いころ、家にはさまざまな種類の鳥が飼われていました。
白い文鳥のピッピちゃん、黄色×緑のセキセイインコ、水色×白のセキセイインコ、僕と妹が庭で拾ってきたヒヨドリ?の雛(妹がマンモさんと名付ける)
小さいころから生きものが好きだったのです。
僕が小学校2年のとき、登校中にまだ子猫の三毛猫を拾って家にひき返しました。この猫をチョンコと名付け、家で飼ってもらえることになりました。
私が動物を拾ったり、昆虫を捕まえて家で飼いたいと言ったとき、両親や家族はそれを許してくれたのです。
3-3.憶えていることから書き始める
幼少期の記憶を思いだすコツの3番目は、憶えていることから書いてみることです。
手を動かしているうちに、そういえばこんなこともあった、あのときこんな気持ちだった・・・と、記憶が記憶を呼ぶように思い出がよみがえります。
北村はノートパソコン(Word)で書きましたが、手書きの方が書きやすい人は手書きもおすすめです。実際に、自分史の振り返りをサポートしたクライアントさんで、すべて手書きで書いた方もいらっしゃいました。
幼児期の自分史を書くにあたっては、次に紹介する北村の例をご参考ください。
4.北村の自分史の例
私が34歳のとき、2014年の年末から2015年にかけて書いた自分史の幼児期の部分を紹介します。コーチのサポートを受けて書いたのでQ&Aの形式になっています。
Q.あなたは、幼児期にどのような生活をしていましたか?
長男として大切に育てられた。ある意味、甘やかされて育ったとも言えるかもしれない。祖父母と同居していたため、日中の面倒は祖母が見てくれていた。昔の写真を見ると、祖母と一緒に畑に出かけて遊んだりしていたみたいだ。
Q.幼児期の友達には、どんな子がいましたか?
保育園のY君、I君、K君、F君など。
Q.幼児期に、何に一番あこがれていましたか?
マンガ「キャプテン翼」の主人公の翼君。自分の名前が翼なら良かったのにと思っていた。保育園を卒業する時の夢は「サッカーの選手になること」。実家の庭でドライブシュートの練習をしていた。
Q.下線部は何が、そんなに良かった?
- サッカーが上手で格好良く、才能に溢れ、マネージャーの早苗ちゃんと相思相愛なところ。
- ブラジルでサッカーの腕前を磨くなど、常に挑戦と努力を続けているところ。
- 強豪校や海外の強敵との試合でも決して諦めず、対戦相手からも尊敬されているところ。
- 「ボールはともだち。こわくないよ」などの言葉に象徴されるように、自身が一流であるだけでなく、キャプテンとしてチームを盛り上げ、チームメイトを勇気づけているところ。
- 岬君という強い信頼で結ばれたパートナーがいて、周りの力を引き出して勝利を収めるところ。
Q.幼児期には、何をしているのが楽しかったですか?
虫が好きで昆虫図鑑を読み、「ルリクワガタ」などマニアックな虫の名前と特徴を憶えていたため、保育園で「昆虫博士」というあだ名がついていた。庭や畑でセミやコオロギを捕まえていた。
Q.幼児期に、最もショックを受けた出来事は何ですか?
可愛がっていた白い手乗り文鳥の「ピッピちゃん」が近所の野良猫に殺されてしまったこと。ピッピちゃんが殺される前はむしろその野良猫も好きだったと思うが、殺された直後は嫌悪感を抱いた。野良猫は開けっ放しだった窓から侵入し、鳥籠に入っていたピッピちゃんを襲ったため、逃げたくても逃げられないピッピちゃんの恐怖を考えると、とてもかわいそうなことをしたと思った。
Q.それは、あなたの人格形成にどのように影響していると思いますか?
直後は野良猫に嫌悪感を抱いたが、少し時間がたつと猫が鳥を襲うのはある意味自然で本能的なもののように思われた。そして、なぜ野良猫がいるのに窓を開けっ放しにしてしまったのか、不注意だったことを悔やんだ。このことから、不注意やミスによって取り返しのつかない結果が起こりうることを学んだと思う。
Q.その影響に対して、どのような対策をとっていますか?
- 仕事などで、メールを送信する前にミスがないかもう一度よく文面を確認する。
- 何かを行う前に、まずうまくいくイメージをつくる。
- 何かが起こってしまった後は、起こったことになんらかの意味があるのではないかと考える。
Q.幼稚園(保育園)のころの思い出は?
保育園の運動会で、自分は背が高い方で後ろから3番目だったが、1番高いY君と2番目に高いI君と一緒にかけっこをするグループとなり、二人ともすごく運動神経が良かったため、いつも3着だった記憶がある。運動自体に苦手意識はなかったと思うが、悔しい思いをしていた。3着でも全力を出して走った自分をゴールの後で両親が祝福してくれた。Y君やI君のことはすごいと思っていて、友達として好きだった。
Q.下線部について、どう思った?
一生懸命やったこと、努力したことは認めてもらえると思った。両親は僕が落ち込まないように「がんばったね」と言ってくれたので、僕は必要以上に落ち込まなかった。ただし、もしも1位や2位になったらもっと両親が喜んだだろうな、とは思った。
Q.幼稚園(保育園)から受けた人格上の影響は何ですか?
I君の家が保育園の近くだったので、何回か遊びに行ったが、木製のパレットが置いてある工場(こうば)のようなところで、男っぽい雰囲気があり自分の家の雰囲気との違いを感じていたと思う。保育園のY先生が優しい先生で甘えていた記憶がある。
5.まとめ
幼少期の自分史を書く効果、記憶を思いだすコツ、自分史の例などをつかって、幼少期の自分史の書き方をご紹介しました。
子どもは両親や身近な人から学び、影響を受けながら育っていくので、両親や家族がどのような価値観をもっていたのかを振り返ることが、自分を知ることにもつながります。
家族との思い出や両親の価値観、身近な人からの影響について振り返るときは、『自分史を書き始めるコツ|誕生・家族について』の記事をお役立てください。
ありがとうございました!
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