自分史

自分史を書き始めるコツ|誕生・家族について

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社会人になってから独立・起業を考えたとき、転職するか迷ったとき、就職活動での自己分析、高校での進路選択など、人生の転機となる様々なシーンで自分史を書くことによって、あなたの価値観に基づいた後悔のない選択ができます。

この記事では、初めて自分史を書く人がスムーズに書き進められるように、書き出しの部分を書くときのコツを北村の自分史の例を交えて紹介します。

1.自分史の書き出しに書く内容

自分史の書き出しに書く内容はこのような項目があります。

>名前について

  • 名前
  • 名前の由来

>誕生について

  • 生年月日
  • 生まれたときのエピソード

>出身地について

  • 出身地
  • 生まれ故郷の印象

>家族について

  • 家族構成
  • お父さんの性格、生い立ち、仕事、思い出
  • お母さんの性格、生い立ち、仕事、思い出
  • 祖父の性格、仕事、思い出
  • 祖母の性格、仕事、思い出
  • 兄弟姉妹の性格、思い出
  • 親戚やいとこで影響を受けた人

自分史の書き出しで、両親、祖父母、兄弟姉妹など、家族に関する項目が多いのには理由があります。

2.家族から書き始める3つの理由

2―1.自分のことより書きやすい

自分史を書くためには、(過去の)自分を客観的に見る力が必要です。

ですがこの自分を客観的に見る力というのは、自分史を書き進めることによって身につくものでもあるのです。

初めて自分史を書く場合、書き出しの部分ではあなたの家族のことを中心に書いていくのがおすすめです。その方があなた自身のことをいきなり書くよりも書きやすいと思います。

自分史なのにお父さん、お母さんのことから書くのに違和感があるかもしれません。しかし結局は、両親のことから書いたとしても、あなた自身に対する理解が深まっていくのです。

2-2.家族の見え方がわかる

例えば私は、お父さんの性格について、穏やかで優しいと自分史に書きました。

このことが意味するのは、私のお父さんの性格=穏やかで優しい、ということではありません。

私から見たお父さんは、性格が穏やかで優しい人だったということであり、私はお父さんに対して、穏やかで優しい一面を感じていたということです。

お父さんをどのような性格だと感じるかは、お母さんに聞くとまた違った答えが返ってくるかもしれません(もしくは同じような答えかもしれません)。お祖父ちゃん、お祖母ちゃんだとどうでしょうか。兄弟姉妹ではどうでしょうか。お父さんの学生時代の友人は、仕事の同僚は何と言うでしょうか。そして、お父さん自身は自分をどんな性格だと感じているでしょうか。

お父さんの性格は見る人によって変わる(変わって見える)のです。

自分史に家族のことを書くということは、あなたから見たその人はどんな人だったか、あなたはその人をどんな人だと感じていたかを書くということです。

このようにして、あなたの人の見かた、人に対する考え方、どんな人が好ましくてどんな人が許せないのかといった価値観がわかってくるのです。

2-3.家族から受けた影響がわかる

両親、祖父母、兄弟姉妹について書いていくと、その人との思い出、印象に残っている言葉、そのときの感情などが文字となって思い出されていきます。

そして、自分で書いた自分史によって、家族から受けた影響が見えてくるのです。自分が大切にしてきた価値観、でも、生まれた瞬間はもっていなかったはずの価値観が、いつ、誰の影響を受けて形成されてきたのかが明らかになっていきます。

自分の価値観が言葉になると、その価値観をこれからも大切にしていくのか、これまでの価値観とは異なる選択をしてみるのか、それ自体がもうすでに不要なのか、といったことを考えることができます。その結果、選択基準が明確になり、これまでは見えていなかった選択肢を選べるようになります。

端的に言えば、迷わなくなって、行動が変わります。

3.北村の自分史の例

私がコーチのサポートを受けて書いた、自分史の誕生と家族に関する書き出しの部分を紹介します。コーチからの質問の答えを書き出すことによって自己分析を行ったので、Q&Aのような形式になっています。

3-1.名前と生年月日

Q.あなたの名前は?

北村卓也

Q.生年月日は?

1980年7月12日

*この記事で紹介している自分史を初めて書いたのは34歳のときでした。

 

Q.あなたの名前の由来は?

学生時代に野球をしていた父がジャイアンツの江川卓さんのファンで、そこから「卓」という字をとった。「也」には上の字を強調する、超える、という意味がある。他にも候補となった名前があったが、姓名判断で画数をみた結果、「北村卓也」が非常に良い評価だったため決まった。

*名前の由来を聞くことによって存在承認が高まる、両親の愛情を確認できるといったメリットがあります。詳しくは『知って得する名前の由来|自分史の書き出し』をご覧ください。

3-2.出身地について

Q.あなたの出身地は?

石川県野々市市

Q.生まれ育った故郷はどんな所?

野々市市は石川県の県庁がある金沢市の隣の市で、人口約5万5000人(*2015年時点)。東洋経済新報社による「住みよさランキング」で2012年に千葉県印西市に次いで全国2位になった。都会過ぎず田舎過ぎず落ち着いた住みやすい町という印象だった。大学進学を考えた時に東京、関東圏での生活と一人暮らしへの憧れがあった。夏は暑く、冬は日によっては雪が積もっていたので、雪道で自転車をこいで通学した。

3-3.両親について

Q.お父さんはどういう性格ですか?

穏やかで優しい。言葉での愛情表現は豊かではないが、内面の優しさは周囲の人に伝わっている。妹や弟が優しい性格に育ったのは父親の影響が大きいと思う。母が数年前に「あんなに優しい人はいない」と言っていたのがすごく印象的だった。仕事の話をほとんど自宅でしない人で、心から楽しんで仕事をしていたようには見えなかったが、勤務先の銀行を定年まで勤め上げ、かつ兼業農家として農業にも従事していたことは本当にすごいと思う。

Q.お父さんの生い立ちは?

石川県能美郡にて、四人兄弟の二男として生まれる。学生時代は野球部に所属。兄弟から愛称で呼ばれている。私の母校でもある石川県立金沢泉丘高校卒業。進学校なので勉強は得意だったと思う。大学は静岡大学の経済学部卒業。高校時代、最初は理系だったが途中で文系に変更したという話を聞いたことがある。大学卒業後、地元石川県の銀行に就職し、しばしば県内で転勤があった。最終的にはシステムの保守のような部署で定年を迎えて退職した。

Q.あなたは父親からどんなことを学んだと思いますか?

他者に対する思いやり。うわべだけでない本当の優しさ。大変な時でも黙々として愚痴を言わない強さ。

Q.それは、父親のどんなところから学んだ?

(銀行員の時は)それほど口数が多い方ではなかったが、子どものために一生懸命働いてくれていることが伝わったから。仕事に行く前、玄関での顔つきが硬かったので、子どもながらに仕事が大変なのかなと想像したが、家で仕事の愚痴を聞いたことがなかったから。

僕が保育園に入る前は喫煙者でパチンコに行っていたらしいが、パチンコで隣に座った人から「こんな幼い子を(タバコの煙が充満する)こんなところに連れてくるなんて、お前はどんな神経をしているんだ」と叱責を受けたことをきっかけとして、その翌日から、一切タバコもパチンコも止めたという話を父から聞いた。僕は全く見ず知らずの人からの叱責を素直に受け止めて、自分の行動を変えた父のことを心からすごいと思い、僕の健康に配慮してくれたことに感謝した。このことから、多くを語らずとも本当に相手のことを思った優しさや行動は相手に伝わるものだと感じた。

Q.お母さんはどういう性格ですか?

向上心があり、環境や他者との関係、自分自身をより良くしていこうという気持ちを持っている。自己啓発書を読んだり健康食品を買ったり、セミナーやボランティアに参加したりするなど活動的に過ごしている。実家の食事や洗濯などの家事を全面的にやってくれていて、今思い返すと感謝しかないが、家のことをするよりも外に出て色々な活動に参加する方が好きなのではないかと思う。友人も多く、基本的に前向きで楽しく話し好きな人。最近はかなり落ち着いてきたと思うが、自分が小学生、中学生くらいのころは理由がわからず不機嫌な時があり、子供なりに(両親の)機嫌をうかがっていた。

Q.お母さんの生い立ちは?

石川県野々市市で、北村家の三人姉妹の三女として生まれる。高校は石川県立金沢錦丘高校。短大卒業後、保険の営業事務の仕事をしていた。結婚後も続けていたが、僕が小学校高学年の時に退職して専業主婦となる。長女、次女が結婚で嫁いだため、三女の母が実家で婿養子の父と家業の農業を継いだが、祖父は長女に家業を継がせたかったという思いがあり、そのことを祖父から言われるのが辛かったという話を母に聞いた。母も父も家業、仕事、家事、育児をがんばっていた。

Q.あなたは母親からどんなことを学んだと思いますか?

明るく毎日を過ごし、前向きに努力すること。新しいことに挑戦し、向上心を持ち続けること。女性は時として理由もなく?不機嫌になる人もいるという事実。

Q.それは、母親のどんなところから学んだ?

母は基本的に明るい人で、僕が小学5年でいじめに遭った時など、ピンチになればなるほど力強い言葉で前向きに励ましてくれました。そのことにものすごく感謝しており、大人になってから直接母に感謝の言葉を伝えました。60代となった今でも自己啓発のセミナーに行き、ボランティア活動で副会長を務めるなど、常に新しいことに取り組んでいる姿に変化や成長を感じます。

僕が小学生や中学生のころに、母が理由もなく(理由はあったのだと思うが、その当時の僕にはわからない/聞けなかった理由で)不機嫌になっていた事があったので、原因は今振り返っても良くわからないのですが、母の顔色を窺いながら学校生活を送っていたと思います。

Q.最も古い両親の記憶は何ですか?

  • 片面にひらがな50音が書かれていて、その裏面に「い」なら「いちご」の絵が描かれている積木のようなおもちゃの絵をすべて僕が記憶していたので母が驚いたこと。
      
  • 周囲のあらゆるものに対して「それはなんで?」と聞き続ける僕に対して、(例:空はなんで青いの?など)両親が答えるのに困って10冊くらいの図鑑を買ってくれたこと。
      
  • 両親と一緒にテレビで巨人戦を見ていて、4番バッターの原さん(背番号8番)が打席に立つと「8番原くん」と言って応援していたこと。

3-4.祖父母について

Q.祖父母との思い出は?

小学校低学年くらいの時、僕は祖父と祖母の間に座って食事をしていた。夕食の時に祖父はよく日本酒を飲んで酔っ払っており、僕はそんな祖父にからまれていた。祖父の説教と酒臭さ、まともに話ができないことが嫌で嫌で、小学生の語彙でよく口答えをしていた。

祖母は軽トラックで保育園への送り迎えをしてくれていた。同じ時期にスイミングスクールにも通っていたが、スイミングが嫌いでスクールの前で車にしがみついて泣きじゃくる僕にてこずった、という話を聞いたことがある。

Q.下線部の祖父にからまれていたとは何か?

祖父はいつも夕食の時に日本酒を飲んでおり、「お前は長男で跡取りだから、この家を守っていかんなん」、「これからは(変化が激しくて)大変な時代だ。(だからしっかり努力しなさい)」と言われ続けました。僕は落ち着いて楽しく夕食を食べたかったのですが、酒臭い祖父が繰り返し同じことを言ってきて、しかも酔っているのでまともな会話にならないことが苦痛でした。今振り返ると僕は明らかに嫌がっているにも関わらず、酔っている祖父はいつも上機嫌で楽しそうに見えました。

Q.祖父母からどんな影響を受けたか?

祖父が祖母と私の前で、「家族に対してお金の心配をかけたことは一回もない」と話しているのを聞いたことがあり、すごく格好いいと思った。

祖母からは、「学校に入ったら勉強でも何でも一生懸命やらんといかん」、「お金の無駄遣いはしたらいかん。だけど使うべき時には思い切って使うこともできんといかん」と繰り返し言われた。今では農業に車を使うのは当たり前だが、私が生まれた在所で最初に軽トラックを購入して農業に取り入れたのは祖父だった。私はこの話を祖母から聞いたとき、祖父には先見の明があり、既成概念にとらわれず新しいものを取り入れる賢さと勇気があってすごいと思った。

3-5.兄弟姉妹について

Q.兄弟姉妹はいますか?

三人兄弟で自分が長男、5歳年下(学年だと4学年下)の妹、10歳年下の弟がいる。

Q.妹はどういう性格をしていますか?

芯があって自分の意志をもっている。結婚して2児の母になっている。子供の性格が優しい。人当たりが良く、女性の美しさと強さをもったいい顔をしている。人の痛みがわかり気持ちに寄り添うことができる。思いやりがあって優しい性格。僕も妹の存在に救われた一人だと思う。

Q.弟はどういう性格をしていますか?

優しくて何かにくめないユーモアがある。地元石川県の建設会社に就職して建築士として働いている。学びに対する姿勢、仕事への取り組み方から、非常に努力家だと思う。建築の話を楽しそうに話し、志をもってひたむきに生きる姿に刺激を受けている。

3-6.親戚について

Q.親戚で影響を受けた人はいますか?

Tさん、母方の年上のいとこ。

Q.どんな影響を受けましたか?

年上の兄弟がいない僕にとって年の離れたお兄さん的な存在だった。小さいころ僕が好きだったゾイドというプラモデルを作ってもらっていた。背が高くて格好良く、ユーモアもあって周りを楽しくできる人で、小学校、中学校時代の僕の目標だった。お盆と正月くらいしか会えないため、毎年すごく楽しみで、「今年こそTさんよりも親戚の人を笑わせる」というのが密かな自分のテーマだった。

4.まとめ

自分史の書き出しの部分を書くコツとして、家族のことを中心に書いていく方法を紹介しました。

書いた私の感想です。

  • 父と母の性格を足したら自分の性格になると思った。
  • 自分の価値観は祖父母から思いのほか影響を受けていた。
  • 妹と弟はずっと前から僕の自慢であり、誇りだった。

薄々感じてはいたけど言葉になっていなかったことが、自分史を書くことによって明確になりました。

家族のことを書いていくことによって、自分のことがわかってくるのです。

家族とのコミュニケーションにも変化が起こります。その結果、仕事やプライベートで関わる人とのコミュニケーションにも変化が表れてきます。そしてある時、自分とのコミュニケーションが劇的に変わっていることに気付くのです。

ぜひ、この記事を参考にして自分史を書き始めてみてくださいね!

ありがとうございました。

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