北村卓也の自分史

小学校と中学校の部活で、僕がいじめを解決し、克服した方法

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小学5年の時。および中学1年の一時期、
僕は所属していたバスケ部の先輩から、
いじめに遭っていたという認識があります。

期間にすると半年から1年くらいだと思います。

いじめは部活の指導者の目を盗んで発生していました。
当時の指導者を責めるつもりは全くありません。
監督やコーチなど、お世話になった方々には、
心から感謝の気持ちでいっぱいです。

 

今日は、僕がいじめを解決し、
克服した方法を紹介します。

まず、言葉の定義を明確にしておきます。

解決:自分がいじめに遭わなくなること。
克服:いじめのネガティブな影響を受けた自己イメージを本来のありたい姿に回復すること。

解決については、
小6になって先輩が卒業した時に一度完了し、
中1でまたいじめに遭うリスクはあったものの、
いくつかの対処をすることでその芽を摘みました。

克服について、中3になった時には、
いじめに遭わない前提が自分の中にありました。
ただ、周りの人から裏切られる不安や恐怖を、
無意識に自分が感じており、それを意識化して、
手放せるようになったのは34歳以降です。

 

僕が、危害を加えてくる(リスクがある)と
思っていた先輩は3人いました。
どのようなことがあったか例を挙げると、

先輩①:食べたくないバナナを無理に食べるように仕向けてくる

先輩②:ボールで頭を叩いてくる

先輩③:用具庫で殴ってくる

 

①の先輩は、
本人にいじめの自覚があったかは分かりません。
でも、この際それはどうでもいい。

事実として、僕は嫌だった。食べたくなかった。
この時の僕は先輩が怖かったので、
単純に嫌だと伝えることができませんでした。

そんな出来事があったことも、
今となっては忘れているかも知れません。
いじめは、いじめに遭った側の方が、
痛みや苦痛が記憶に残りやすいと思います。

 

②の先輩は、小学5年の僕の悩みの種でした。
この時、部活に行くのが本当に辛かったのですが、
部活を休むと嫌いな先輩に負けたような気がして
悔しかったので通いつづけました。

部活で嫌な出来事があった時、
夜中に両親の寝室で泣いて、
母に慰めてもらっていました。

僕が小学2年の時に拾ってきて、
実家で飼っていた三毛猫と一緒に眠り、
ひとときの安寧をもらっていました。

限界ギリギリで挫けそうになったある日、
僕は台所で包丁を手にとって見つめていました。
僕は自殺をするつもりはありませんでした。
では何をしていたかというと、

包丁をお腹に刺す痛みを想像することで、
それと部活に行っていじめに遭う苦痛を比較し、
包丁をお腹に刺すことに比べたら、
自分はまだがんばれる。負けてたまるかと思っていました。

 

包丁を持ってそれを見つめる。というのは、
僕の両親に対する無言のメッセージでもありました。

「お父さん、お母さん、助けてほしい」

というメッセージです。
僕はこれを言葉で伝えることができませんでした。

当時の僕はいじめられっ子の弱い自分という
自己イメージをもっており、
それを認めたくないがために必死の抵抗を続けていました。

両親に助けを求める言葉は、当時の自分にとって
弱い自分を認めることになるという認識を持っていたので、
どうしてもこれが言えなかった。

幸いにも、このメッセージを母がキャッチして、
学校の先生や、バスケ部の父母に掛け合ってくれました。
母は、大人の側から働きかけて、
いじめを抑止する協力者を見つけようとしたのです。

 

母は、僕の立場が悪くならないように、
相手に対して批判的にならないように、

「うちの子は何か直すべきところがあるんかねぇ」
「生意気なところがあるんかねぇ」

と何人かの人に相談してくれたのです。

その気持ちと行動に最大限の感謝をしつつ、
これだけははっきり示しておきたいと思います。

あのいじめに関して、あなたの息子に、

直すべきところなどない。
生意気なところなどない。

 

僕はただ、安心して一生懸命
バスケットボールに打ち込めれば、
それだけで幸せだった。

そのために先輩が卒業するまで、
ただただ耐えていました。
お世話になった先輩もいたので、
その人には申し訳なく思うのですが、

早く負けて引退してほしい。

というのが本音でした。

 

母は、何人かの大人に相談してみたものの、
協力的に関与してくれる相手を
見つけることはできなかったようです。

ですが、母の行動は成功でした。

これによって僕は、自分の味方になって、
行動してくれる人がいることを信じられたからです。

いじめに遭っている時の人は、
周りの人を信じることが難しくなっています。
母の存在は僕の大きな勇気づけになりました。

 

次に、③の用具庫で殴ってくる
先輩との出来事について紹介します。

中学校に進学した僕は、
小学校と同じ先輩がいるバスケ部に入部します。

バスケが好きだった。
上手くなりたかったのは紛れもない事実。

でも、またいじめに遭うリスクを引き受けてまで
バスケ部を選んだ最大の理由は、

自分の行動によって、いじめに遭わない自分を証明したかったから。

 

小学校では、とにかく耐えることで先輩が卒業するのを待った。
僕は最後まで耐えきった自分を認めていたし、
本当によくがんばったと思っていた。

しかし一方で、本質的にいじめに遭わない
自分になれたとは思っていなかった。
先輩が卒業したからいじめに遭わなくなっただけであり、
自分の主体的な行動によっていじめを解決したわけではないと思っていた。

 

中学校のバスケ部では、とにかくバスケを上手くなって
いじめに遭わない自分を手に入れたいと思っていた。

そんな僕には勝算があった。

中学校のバスケ部のコーチは、
3つ上の代で全国制覇を成し遂げており、
指導力はもちろん、
心から尊敬できる人格を備えた僕の希望だった。

この人のもとでバスケットに打ち込めば、
僕はもっと上手くなれる。そうしたら、
もしかすると先輩からも一目置かれて、
認められるんじゃないか。

いじめに遭わない、本当の意味で
いじめを克服した自分になれるんじゃないか。
僕は全身全霊をかけて練習に取り組んだ。

 

そんなある日、授業が終わった僕は、
部活が始まる前にシュート練習をしていた。

するとそこに2人の先輩がやってきた。
2人の先輩は、僕が使っていた
新しいボールを使わせろと言ってきた。

先輩2人がこちらに向かって走ってきた時、
僕はそのボールをもっているのが怖くなって
2人の頭上にパスを出した。

2人がジャンプして、片方の先輩がボールをとった。
その後、僕はボールをとれなかった方の先輩に
用具庫に呼び出された。

 

その先輩から、
自分にボールを渡さなかったことを責められた。
僕は、そんなもんどうでもいいと思っていたが、
先輩が怖かったので何も言えなかった。

「自分で自分を殴るのと、俺に殴られるのとどっちがいい?」

と聞かれた。

 

僕は、

「・・自分で殴る」

としぶしぶ答えた。

そのあと、自分で自分を殴ったものの、
実際にやってみるとよく分かるが、
自分で自分を強く殴ることはできない。

先輩はもっと強く殴れと言ってきたが、
僕は自分を強く殴れないので、
最終的に、先輩が僕を殴った。

僕はこの理不尽なやり取りを消化しきれず、
トイレにこもって気持ちを落ち着けた。
そして練習が始まるまでに、最低限必要な
精神状態を取り戻して練習に参加した。

 

人によっては、殴られたら殴り返せば
いいじゃないかと思う人もいるでしょう。

また、同じような経験をされた方の中には
自分も怖くてやり返すことができなかった
という方もいるかも知れません。

僕は、ずっと、先輩が怖くて
やり返すことができなかったと思っていました。

ですが、34歳の時に、
「自分史の振り返り」に取り組んだ結果、

今は、

先輩が怖かったのは事実だが、
やり返すことができなかったというよりも、
意思をもって、先輩に殴られる選択をした

という認識に至っています。

 

先輩に殴られる。というのは、
当時の僕ができる最大限の反撃であり、
いじめに遭わないために
最も効果的だと考えた選択なのです。

僕は、やり返さないということで、
自分に危害を加えてくる相手に対して、
一切、自己を正当化する余地を与えませんでした。

そして、バスケの練習を一生懸命する
ということを心に決めていました。

 

この状態で、
僕を継続的にいじめてくる先輩がいたとすれば、
その人は、

一生懸命に練習に取り組む後輩に対して、
邪魔をしたり、危害を加えようとする自分

と向き合い続けなければいけないことになります。

僕は、少しでも良心が残っている人の場合、
その自分の行為に向き合い続けるのは無理だと思いました。
(小学校で耐えきった自信があったので、粘り強さなら相手が諦めると思っていた)

 

少しも良心が残っていない人の場合、
この方法は効果的ではないかも知れませんが、
中2で、少しも良心が残っていないなんて、
そんな人いるの? と思っていました。

万が一にも、そんな人がいたなら、
その人はおそらく周りの人を攻撃しなければ、
自分を守ることができないのだと思います。

世界はどこまでも主観的であり、
周りの人を攻撃しなければ、
自分を守ることができない世界に生きるその人は
とても苦しんでいると思います。

 

もしも今、あなたがいじめの渦中にいて
いじめと戦っているのなら、
一番に守るべきものは、
自分の体と命、そして精神です。

僕は、いじめをする人、正確に言えば、
いじめをして平気な人の気持ちがよく分かりません。

一方で、自分の中に暴力性がないとは思っていません。
暴力を他者に対して行使する自分が好きではない。
そのような自分は、自分がありたい姿ではないのです。

 

おそらく、先輩がどれだけ怖くても、
自分の身体への危害がある一線を超えると、
僕はやり返していたと思う。

当時から20年以上たって、あらためて
思い出すことすら辛かった出来事を振り返った時

苦しい状況の中でも、

常に自分が一番よいと信じる選択をし続けた自分を見つけたのです。

 

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